長尾街道

2016年6月 7日 (火)

穴虫・大坂越散歩

2016年6月1日


 古来より大和から大坂への行き来に「大坂山」や「大坂越え」が重要な役割を果たしていた。今では、大坂越え=穴虫峠とピンポイントに説明する考えが主流のようなのだが、地図に描かれた穴虫峠に囚われず、「大坂越え」はもっと広く、北の関屋越えから南の穴虫越を含み、穴虫の大坂山口神社から始まる長い峠越えだったと捉えたい。
 穴虫から、穴虫越えや関屋越え、田尻越えの地形をみると、穴虫の大坂山口神社を始点に、ゆるやかな登りが始まり、新旧の長尾街道や太子道を通って河内各所へ越えてゆくスタイルになっている。この穴虫の大坂山口神社を大坂越えの起点としなくてどうするという思いだ。記紀の記事にある、
 ・天皇が大和の西の守護神として「大坂神」を祭った(日本書紀崇神9年3月条)
 ・崇神天皇のとき大坂の神に黒色の楯と矛を祀った(古事記)
というのは穴虫の大坂山口神社が最もふさわしいと思う。
 今回は穴虫の大坂山口神社を起点としてまんじゅう橋の道標地蔵(穴虫越え/田尻越え分岐)に至る小径を歩いてみたい。


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◆穴虫(馬場)大師堂から西穴虫への小径

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2016年6月 6日 (月)

竹田川太子道を遡り堺街道・穴虫峠散歩

2016年6月1日


 古来より大和から大坂への行き来に「大坂山」や「大坂越え」が重要な役割を果たしていた。今では、大坂越え=穴虫峠とピンポイントに説明する考えが主流のようなのだが、「大坂越え」はもっと広く、北の関屋越えから南の穴虫越を含み、穴虫の大坂山口神社から始まる長い峠越えだったことを体感しようとしている。
 穴虫峠を越える道に太子道があった。名前の通り聖徳太子が法隆寺から河内の飛鳥に向かわれた道で、後には太子葬送の道となり、太子をしのぶ巡礼の道にもなった。太子道もまた古代の大坂峠を越える道であった。この道(の近く)を歩いてみる。

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◆穴虫峠の馬頭観音

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2016年6月 5日 (日)

加守・長谷道から穴虫・長尾街道散歩

2016年6月1日


 葛城二十八宿経塚巡行で、二上山から第26番逢坂に向かう時、畑の春日神社に下山したが、それはやっぱり二上神社のある加守に下るべきではないかと思って加守に行ってきた。さらに、第26番経塚逢坂を調べて行くうちに、古来より大和からの行き来に「大坂山」や「大坂越え」が重要な役割を果たしていたこと、関連して、長尾街道や長谷みちなどが発展してきて、それに伴い、行者さんの道も影響を受けたであろうと思えてきた。
 今回は加守の二上神社から長谷道で畑、畑から長尾街道に入って穴虫西の峠まで歩いて、「大坂越え」の探索に接続し、帰りも見落としの多かった旧長尾街道を歩くことにした。もとより、大昔の道筋など確定しようもないのだが、それでも近辺を歩いて、あれこれ推定するのは楽しいものだ。それが古道歩きの醍醐味とも言える。それでは、加守・長谷道から穴虫・長尾街道散歩


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◆穴虫西墓地の阿弥陀様

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