葛城二十八経塚巡行 つないで歩いた記録(2018/3完)
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2016年9月9日
これから木津川運河を渡って船町へ渡り、木津川を渡ったり渡り返したりで大正駅に向かいます。
基本的に工場地帯でしょうな。明治の終わりから大正にかけて、木津川沿いや船町も埋め立てられ、セメント、製鉄、造船、化学などの大工場が進出し、臨海重工業地帯を形成しました。特に船町はひとつの島の様相で、今も造船、鉄鋼、重化学の工場が健在です。
大正わがまち百科:http://www.osakacommunity.jp/taisho/machi_wagamachi.html
大阪渡船公式:http://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000011242.html
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2016年9月9日
いつも山ばかり登っているので、たまには海辺へ。
大阪には8つの渡船場がありまして、かなり前には甚兵衛渡を渡ったことはあります。近隣の市民の足として定着していて、なかなか風情のある渡しだったので、今度は8つの渡しを繋いで歩いてみようと思います。
甚兵衛渡は2008年に通りましたが、その翌年の冬に計画していて延び延びになっていたものです。途中、天保山登山と、甚兵衛渡に近く、三先まで回って、昔の仕事場の雰囲気を楽しむというオプション付きです。第1回目は桜島駅から鶴町まで。さてどうなっているか?
大阪渡船公式:http://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000011242.html
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2016年6月1日
古来より大和から大坂への行き来に「大坂山」や「大坂越え」が重要な役割を果たしていた。今では、大坂越え=穴虫峠とピンポイントに説明する考えが主流のようなのだが、地図に描かれた穴虫峠に囚われず、「大坂越え」はもっと広く、北の関屋越えから南の穴虫越を含み、穴虫の大坂山口神社から始まる長い峠越えだったと捉えたい。
穴虫から、穴虫越えや関屋越え、田尻越えの地形をみると、穴虫の大坂山口神社を始点に、ゆるやかな登りが始まり、新旧の長尾街道や太子道を通って河内各所へ越えてゆくスタイルになっている。この穴虫の大坂山口神社を大坂越えの起点としなくてどうするという思いだ。記紀の記事にある、
・天皇が大和の西の守護神として「大坂神」を祭った(日本書紀崇神9年3月条)
・崇神天皇のとき大坂の神に黒色の楯と矛を祀った(古事記)
というのは穴虫の大坂山口神社が最もふさわしいと思う。
今回は穴虫の大坂山口神社を起点としてまんじゅう橋の道標地蔵(穴虫越え/田尻越え分岐)に至る小径を歩いてみたい。
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2016年6月1日
葛城二十八宿経塚巡行で、二上山から第26番逢坂に向かう時、畑の春日神社に下山したが、それはやっぱり二上神社のある加守に下るべきではないかと思って加守に行ってきた。さらに、第26番経塚逢坂を調べて行くうちに、古来より大和からの行き来に「大坂山」や「大坂越え」が重要な役割を果たしていたこと、関連して、長尾街道や長谷みちなどが発展してきて、それに伴い、行者さんの道も影響を受けたであろうと思えてきた。
今回は加守の二上神社から長谷道で畑、畑から長尾街道に入って穴虫西の峠まで歩いて、「大坂越え」の探索に接続し、帰りも見落としの多かった旧長尾街道を歩くことにした。もとより、大昔の道筋など確定しようもないのだが、それでも近辺を歩いて、あれこれ推定するのは楽しいものだ。それが古道歩きの醍醐味とも言える。それでは、加守・長谷道から穴虫・長尾街道散歩
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2016年1月14日
2016年2月2日
球春到来!そろそろこちらも体を動かさないと!しかし、なかなかエンジンはかかりません。
今回は、天野川散歩(3)として、岩船越え(岩舟越え、磐船越え)の旧道、旧旧道を探し歩いてみます。
岩船越は河内・私市から田原へ通じる峠です。峠を越えて田原といっても大和・北田原と河内・上田原の際であったりしますが。
岩船越でまだ通過していないのは、「鮎返しの滝」のキワを通っていた旧道です。ここは昭和30年代の台風で崖崩れがあって、それ以来通行禁止になっています。果たして通れるのか?
鮎返しの滝周辺は磐船峡と言われていて名勝なのですが、結構、険阻な地峡となっています。そこを通っていた旧道の前には峠越え(尾根越え)をする旧旧道があったはずで、トンネル工事で峠は破壊されているはずですが、そこも見てみたい。それでは!
◆磐船峡の崩落部
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