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2016年6月 6日 (月)

竹田川太子道を遡り堺街道・穴虫峠散歩

2016年6月1日


 古来より大和から大坂への行き来に「大坂山」や「大坂越え」が重要な役割を果たしていた。今では、大坂越え=穴虫峠とピンポイントに説明する考えが主流のようなのだが、「大坂越え」はもっと広く、北の関屋越えから南の穴虫越を含み、穴虫の大坂山口神社から始まる長い峠越えだったことを体感しようとしている。
 穴虫峠を越える道に太子道があった。名前の通り聖徳太子が法隆寺から河内の飛鳥に向かわれた道で、後には太子葬送の道となり、太子をしのぶ巡礼の道にもなった。太子道もまた古代の大坂峠を越える道であった。この道(の近く)を歩いてみる。

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◆穴虫峠の馬頭観音

■コースタイム
10:50 二上神社口発
10:56 二上神社 11:07
11:35  二上山駅昼食■11:49
11:53 志満堂地蔵
12:10 穴虫西墓地阿弥陀さん 12:18
12:24 穴虫地蔵石仏
12:35 大坂山口神社南参道鳥居
------------今回報告--------------
12:47 大坂山口神社
13:09 郡ヶ池
13:35 田尻峠/穴虫峠分岐■13:53
13:58 太子道磨崖仏 14:09
14:19 穴虫峠馬頭観音 14:30
14:50 田尻峠/穴虫峠分岐■15:07
------------既報告-------------
15:26 大坂山口神社南参道鳥居
15:38 穴虫踏切
15:49 長尾街道・伊勢街道分岐地蔵台座道標
16:00 関屋
16:09 関屋八幡神社
16:21 関屋駅

マップ:(1)は黄色のルート

On_the_webyy
◆明治44年発行、1/20000陸測図;「この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。」(400×290pic)


1.竹田川太子道

12:47、大坂山口神社を出る
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穴虫(馬場)の村外れ、この谷を遡る。
太子道は、今の、ちょっと小高い住宅地の中を通っていたという。
P6011127

太子道の大まかなルートは・・・・
法隆寺-王子-達磨寺-畠田-火幡神社-送迎-尼寺-下之寺-畑之浦-逢坂・伊勢街道分岐-穴虫・長尾街道クロス(今の近鉄大阪線と県道105交点付近)-(高山台住宅地の県道105沿い)-郡ヶ池付近で竹田川の谷に降りる-長尾街道田尻越分岐-穴虫峠-竹内街道分岐-河内飛鳥または磯長
太子を偲ぶ顕彰会作成マップ:http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/subfiles/taisimiti-2.htm

 穴虫付近がややこしそうだが、「穴虫・長尾街道クロス」とは今の近鉄大阪線と県道105交点付近で、ここには道標がある。(傍を歩いただけで。道標は見ていないが)
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◆「穴虫・長尾街道クロス」

 この辺りから、県道105沿いに住宅地の中を通っていたようだ。
 竹田川沿いの道は、まったく消失しているが、かなり高いところを通っている。多分等高線に沿って平坦な道だったろう。郡ヶ池辺りで、等高線に沿って自然に降下していたのだろう。
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12:55、左手を見やると、大坂山口神社の鎮守の森
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ゆるやかな登りをどんどん進んでいく。
12:58、途中で左手が開けて広い谷になった。ここを登っていくと穴虫の西垣内に通じる。
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13:00,急に両側から山が迫ってきた。結構な隘路だが、いつごろから竹田川沿いの道ができたんだろうか?今昔マップで確認してみると・・・・
・明治期から1970年までは、単なる破線路が山際を走る
・1975-1988年では破線路が表示されていない
・1993年で山際に広い道ができたが、高山台団地はまだ出現せず
これから考えると、この竹田川沿いは比較的最近まで田畑であぜ道程度しかなかったものと推察される。これから考えると、大昔は竹田川がよく氾濫する湿地状で街道施設には適さなかったのだろうか?

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13:06、郡ヶ池に上がってみる。台地上から谷底の隘路を振り返る。
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南をみると、二上山がくっきり見える。
手前の鉄塔の向うが西穴虫の墓地で、穴虫の長尾街道が峠になっているところだ。
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西をみる。この辺りから、太子道が丘の上から竹田川沿いの谷に降りていたようだ。
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郡ヶ池は厳重にフェンスで囲われていた。もっと上に行けば公園になっているようなのだが、行かなかった。
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13:22、竹田川の谷に降りる。ここ、郡ヶ池の下あたりに古代の大坂関があったとの学説(千田稔説)もある。もっとも、大坂関の位置は確定されていなくて、これから通る田尻峠/穴虫峠分岐の近くだったり、もっと下流の大坂山口神社付近という説など、諸説あるらしい。
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 確かにここは山が迫ってきた隘路に近いのだが、先程(12:58)みた穴虫の西垣内へ通じる広い谷に入って、西穴虫墓地の傍の峠を通ってしまえば何のための関所か分からないので、もっと下流の穴虫・大坂山口神社付近かもっと上流の田尻峠分岐辺りのほうが合理的な気はする。

13:24、広い谷を登って行く。このあたりは、古太子道はもう降りてきていただろう。
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13:27、田尻峠/穴虫峠分岐はもうすぐだ。
太子を偲ぶ顕彰会作成マップ:を見ていると、このあたり、「ヤスンバ」と言って聖徳太子が休憩したところだそうな?ホンマかいな?まあ、聖徳太子といえども疲れたら休むだろう。
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13:30、新長尾街道に合流間近
新長尾街道はちょっとした峠を越えてくる。
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13:35、穴虫交差点(田尻峠/穴虫峠分岐)に着いた。ここで、新長尾街道と堺街道が分岐する。横断歩道の向う、電柱にガードされたように道標地蔵が建っている。香芝市の「風渡る野辺の石仏」冊子によると、「まんじゅう橋の地蔵石仏」というらしい。
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みるからにだいぶお疲れのようだ。

右 大阪道 その下が読めないが、八木、箱虎 とあるらしい。
左、さかい道
http://ameblo.jp/prizmilk/entry-12018823381.html

「大坂」でなく、「大阪」なので明治以降、田尻峠開削にあわせて建立されたものだろうか。

ワシも長いこと働きづめやねん。
他は祠もヨダレカケも、場合によれば帽子もあるのに、なんもなしや。水もあれへん。
これから暑うなるし、夜も結構うるさいねんな。

・・・と言っておられるようで、もし通りかかったら手を合わしてあげてください。ホンマ働きもんやわ。

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ボクはここで休憩さしてもらう。エライすんまへん。


2.穴虫峠に馬頭観音を見に行く

15:53、ゆっくり休んで再開。穴虫峠までは行っておかねば。うまい具合に歩道があった。
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13:59、すぐに右手の小川の向こうに看板が見えた。
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「坂を登らないで」と板書があったが、どういうことやねん?
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墓標石とともに磨崖仏がある。天文15年(1548)銘。
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 逆修のために生前供養をしたものという。
 今の道より2~3m高いところにあるが、この前を太子道が通っていたのか?ちょっと探索してみたが、i同じような人が探索した道が見えるだけであった。

峠に進む。谷の端はウノハナの花盛り。
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14:15、ダイトレの旧出入り口。今は採石会社のダンプ出入り口。なお、この道路脇に、どんづる峰用の駐車場とトイレができていた。
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14:19、穴虫峠の10mほど手前に登り口があった。関電道らしい。
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ここを登っていくと・・・竹薮になるのは時間の問題か。地蔵祠と馬頭観音が隠れるように安置されていた。
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峠のお地蔵さん。詳細不明である。
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馬頭観音
穴虫峠はなだらかな峠ゆえ、古来から、荷車による木綿などの物資運搬が盛んであった。牛馬が引いていく訳だが、その馬をねぎらって、運送に携る人が建立したものという。
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三面八臂。六臂ではないんやな?
ちょっと難しそうなお顔だが端整!
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14:29、丘の上に道が続いていたので登ってみた。普通の送電鉄塔だった。古道と書いた書物もあったが、単に関電道だろう。
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14:32、穴虫峠の河内側。下を近鉄が潜り抜けている。
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14:33、大和側。今日はこちら側に降りる。
近鉄の傾斜は10パーミルということだった。ちなみに、今はないが、信越本線の横川-軽井沢間の66.7パーミル、ここ飯田線の沢渡-赤­木間の40パーミルがJR最急勾配ということだ。
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池を周り込む旧道を通る
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14:50、穴虫/田尻分岐に戻る。ここでまた休憩。
駐車場の脇には万葉歌碑があった。
有名な「大坂越え」の歌だ。
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 大坂=穴虫峠、という解釈だが、その他の峠も入れてえな、と言うところだ。さらに、太子道でもココからは直接二上山は見えず、ちょっと下らないといけないし、新長尾街道にしても西穴虫の峠付近まで行かないと二上山ははっきり見えないはずだ。穴虫の大坂山口神社付近まで含めての「大坂」あるいは「大坂越え」と考えたい。

(つづく)

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