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2015年7月 2日 (木)

葛城二十八経塚巡行(計画編)

2015年7月1日



 1年ほどかけて「葛城二十八経塚巡行」を歩く。今回は計画編。

  葛城二十八経塚は、役小角が法華経八巻二十八品を埋納したとされる経塚を言い、友ヶ島から紀泉高原、葛城山脈(地理院地図には和泉山脈と書いてあるが)、金剛、葛城、二上山を経て大和川の亀の瀬に至る修験道の聖地である。もっとも、役小角自身が法華経八巻二十八品を埋納したのでなく、山岳修験道の発展にしたがって、後世に埋納された、さらにその経塚をひとつながりの行場として葛城修験は形成されていったという文献もあったが、いずれにせよ、葛城修験道の聖地だ。

P6252388
◆葛城二十八経塚の二十四番 平石峠(妙音菩薩品第二十四之地)

役小角(役行者)
 役行者は、今からおよそ1300年前(飛鳥時代から奈良時代)に活躍した人。具体的には、壬申の乱の前後、皇極、済明、天武、持統の各天皇と同時代人、不比等より25才ほど年上、正式な僧でなく優婆塞。若いうちから、紀泉金剛の峰々を修行して廻った。山岳修験道の開祖と言われる。
 「日本霊異記」をベースに、空を飛んだとか、一言主神をアゴで使ったとか言われていて、最初にそんなことを聞くと以後調べる意欲も失せてしまうので、ちゃんとした文献(WEBだが)をあげておく。
http://inoues.net/mystery/ennoozu.html
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kamiya1/mypage-e.htm

役行者年表http://kamnavi.jp/dk/kamo2800.htm
舒明 六年 634 葛上郡茅原にて誕生
大化 二年 646 十三歳 毎夜葛城山に登り暁に帰る。
大化 三年 647 十四歳 諸法は皆これ空と悟り仏教に帰依
白雉 元年 650 十七歳 家を出て葛城山で修行
白雉 四年 653 二十歳 春 熊野から大峯-順峯の始め
白雉 四年 653 二十歳 秋七月 金峯山から熊野-逆峯の始め
天智 十年 671 三十八歳 山上にて蔵王権現を感得
天武 二年 673 四十歳 金剛山寺を建てる
持統 九年 695 六十二歳 一言主神に石橋の工事を命ず。
文武 三年 699 六十六歳 伊豆大島へ配流
大宝 元年 701 六十八歳 母と共に昇天 後大唐に渡る

 さて、役行者の修行・活躍の場は、葛城山脈だけでなく、近畿一円(本州一円にも?)渡っている。近郊の山登りをしていると、あちこちで役行者像が祀られている。おそらくお地蔵さんについで多いのではないか。
 ボクは修験道の信者でも行者でもないが、役行者は子供のころから身近にあった。集落の奥には神南備型をした行者山というのがあったし、近くの山に登ると役行者の祠もあった。お隣のおじいさんが(多分)行者で、何かあるごとに行者装束をしていたし、村では、多分「大峰講」があったと思うのだが、年に何回かは持ち回りで講の寄り合いがあって、酒を飲んだりしていた。ザンゲ-ザンゲ-ロッコンショウジョー・・・・というのもしょっちゅう聞いていたし、法螺貝も一度吹かせてもらったことがある。スカスカで音は出なかったが・・・
 そういう環境でもあり、信者ではないがそのスピリットにはひかれるものがあったし、今もある。大学に入って山登りを趣味にしたのも、深層では役行者の影響、それ以前の山岳信仰への希求があったのではないかと思う。信仰心はあまりないので、山岳修行(もどき)への関心と言っておこう。信仰心はなくとも、経塚をつないで歩くというのは修行だ。修行というのはちょっとおこがましいが、経塚をつないで歩くというのは貴重な体験になるはずだ。

■経塚をつないであるく
 計画で参考にしたのは以下のサイトである。
http://uo-shinji.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_d7c9.html
http://www.shiga-miidera.or.jp/blog/category/katsuragisan

 全体マップを描いてみた。厳密な巡行道はわからないし、こちらのアプローチの都合で少し改変はしてあるが、それに近いものと思っている。さらに、経塚つまみ食いでなく、コマ切れのルートであっても、つながりのあるようにした。

◆手動で該当場所を拡大してください。

【友ヶ島-神通温泉】F__myworks__1p

【神通温泉-天見】
F__myworks__2p

【天見-水越峠】
F__myworks__3p


【水越峠-亀ノ瀬】
F__myworks__4p

それでは出発。

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投稿: trollpdjfjkjdlkf | 2019年8月 2日 (金) 15時57分

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