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2014年11月10日 (月)

穂谷川をあるく(3) 穂谷-藤阪

2014年10月30日


 穂谷の核心である奥の谷を歩き終えました。尾根を越すごとに谷あいの盆地が広がり、その谷ごとに違った里山の風景が見られます。四季を通じて楽しめそうなところ、その美しさは穂谷の奥庭といってもいいでしょう。
 事後、穂谷の里山に関する重要な論文に出合いました。関西外大の浅野先生の論文で、里山学、もっと突っ込んで穂谷学というようなものです。穂谷里山への愛に満ちあふれている。じっくり読ませていただきます。
http://opac.kansaigaidai.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/U_CHARSET.UTF-8/DB00000243/Body/r087_11.pdf
http://opac.kansaigaidai.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/U_CHARSET.UTF-8/DB00000398/Body/r093_08.pdf

 穂谷の村へ下って行きます。

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◆穂谷の集落を望む

■あいかわらず小回りが効かない新マップ。手動で拡大、移動してもらわないといけません。

. . .

1.穂谷にて

■穂谷後背の山(14:10)
名前を知りません。圃場整備の終った穂谷の田んぼから見ると、穂谷の村の背後にそびえ立っています。一度は登っておきたい。P1040555

なお、穂谷は、土地の人は「ほたん」というようです。清水谷を「しみったん」というが如し。

■坂道
通るたんびに写真に撮っています。それほど気に入った坂道。
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■道端のツリガネニンジン
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■穂谷川を撮っておく
今日は三之宮神社には寄りません。車道から離れて穂谷川を渡って農道に行ってみます。穂谷川は橋に沿ってカクッと曲っています。取水口でもあるのか?
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■穂谷背後の三山
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 センターは高ヶ峰でしょう。山城・天王の山でもありますが、ここから見ると穂谷の山でもあると感じられます。
 右に見える山に関して、戸原さんによれば、「社務所の方の言では、古く、穂谷の神奈備山にあった祠を麓の当地に遷した」との伝承があり、集落近くの山にある“山宮”と、その遙拝所として麓に設けられた“里宮”という古い神社の形を伝える」とあるので、その神奈備山でしょう。http://www3.ocn.ne.jp/~tohara/hira-jinjya-6.html
 また、浅野先生の論文(上記)でも、「集落の南の後背地の標高230mの尾根に神社があった。それは穂谷の産土神を祀る穂谷神社(若宮八幡宮)で、明治期に三之宮神社に合祀されて以来、地元民にも忘れ去られようとしていたが、NPOの努力で礎石が発見され、道も作られた」とああります。
 少し拡大してみると・・・・典型的な神奈備山であるのがはっきり分かります。三之宮神社の本殿も確かにあのピークの方向を向いて建っていました。
 道草はしてみるもんです。穂谷からバスに乗ったのでは、この「山宮-里宮」の関係は体感できないところですね。
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■関西外大
今は穂谷キャンパスでなく、学研都市キャンパスというらしい。ここに外大ができたのは1984年だったと思いますが、たまたまバイクで通りかかって「なんと、こんな田舎に外大を作って大丈夫か?」と思ったものでした。しかし、昨今では、一昔前に都市を捨てて田舎に引っ越したいろんな大学が、再度、都市部の駅近に(全部ではないにしろ)再移動する動きにある中で、穂谷の里山に接したキャンパスを置き続けるというのも、かえって新しい動きのように思います。「里山に立地した大学、それも国際性をもつ外大」いいじゃないですか?里山の価値を若い人に、さらに国際的にアピールできたら、それは大きな意味がある。実際、上記の浅野ゼミにように、里山学、穂谷学をフィールドワークまでして教えている動きも出てきている。注目したいと思います。
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しかし、学舎越しにみえる砂の山はどうにも違和感があります。浅野先生によれば、コンクリート等の廃材を粉砕して砂にしたものだそうで、再利用もされるものと思います。必要なことととはいえ、この違和感はどうにも解消できません。


2.尊延寺の氷室路

 せっかくなので、尊延寺の旧村に入ってみます。
 尊延寺を走る旧道は、枚方市によって「氷室路」名づけられています。穂谷、尊延寺、杉は昔(明治22年~昭和15年)、氷室村であったところです。氷室は古代「氷室」があった(らしい)ことから名づけられたそうです。
「あんなとここんなトコ」その38、枚方市議会報 平成13年6月15日号、第213号

■車道(市道)に復帰すると穂谷川を渡ります(14:42)
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■府道71に合流
しかし、旧道に入るのを忘れて次の橋で尊延寺の旧道に入ります。
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■三社燈篭
「奉 三社」 と彫ってある巨大な常夜燈。三社とあるので、三社万人講の燈篭でよいのか?三社万人講は伊勢・春日・八幡の3社に大灯篭を献じたり、大神楽を奉納し、道路や橋を補修したりする奉仕活動をしていた講、というくらいしか知りません、なぜここに唐突に出てくるのかも分かりません。春日神社があるのか?文政10年(1827年)の奉納らしい。
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厳島神社というのがあるようなので、寄ってみます。

■厳島神社
拝殿です。かなり立派。
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手を洗おうとしたら・・・ウへッ、手水鉢の中になにか溜まっています。やめときます。
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本殿ですが、このくらいしか撮れません。横からとろうとしましたが逆光で無理でした。
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その隣に春日神社がありました。厳島神社の末社ですが、こちらのほうが立派な気がします。時代とともに、どうやら、春日神社人気が強くなったみたいです。
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なるほど、こちらが元の厳島神社本殿ということですか。
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 厳島神社ですから、ご祭神は市杵島姫命。海の神様ですね。市杵島姫命を信仰する連空連中がはるばる穂谷川を遡ってきて、ここに定着したのか?まあ、しかし、今では海の端だけでなく山の中にでもありますからね。よく池の中の島にお祀りしてあります。弁天さんになっているケースが多いですが、三之宮神社と同様に、水の神としてお祀りしたのでしょうか。
 一本南の、ニギハヤヒ系、物部系が多い天野川流域と比べると神様が違います。あちらは遡って峠を越すと大和に入るのに対して、こちらは峠をこすと山城(綴喜)という違いもある。信仰の違う連中が、河川ごとにうまく住み分けていたような気がしています。

■来雲寺
厳島神社のすぐ北隣です。いちょうはそろそろ黄葉です。
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二月堂燈篭。このお寺には、十三仏板碑があることでも有名ですが、今日は中には入っていないので・・・こちらで見せていただきました。
http://blog.goo.ne.jp/pzm4366/e/0b2bc26c9e31578beb0c1a9a34ad6cd8

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厳島神社と来雲寺の辻。絶妙なところに電柱は建つものです!P1040600

■ぶらり尊延寺
どうしても見上げてしまう屋根P1040597

お医者さんの邸宅のようです。壁に墨が塗ってあります。本来は白壁だと思うんですが、戦争中の爆撃回避のために塗ったのがまだ残っているんでしょうか?それともデザインか?
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相当細かい目で仕上げてありますP1040606r

昔ながらの酒屋さん。お酒だけでなくいろんなものも売っていたんでしょう。P1040609r

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狭いエリアですが、歴史が凝縮されたような街並みでした。

3.杉の穂谷川

■府道に戻る(15:04)P1040614

■国見山東峰直下から流れてくる谷川が合流します(15:06)
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穂谷川が鋭角に曲ります。東から岩の尾根が下ってきたような気がします。
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穂谷川がまた戻ってくる。府道はまっすぐ突っ切っていますが・・・P1040627

■大杉さん(15:14)
地元の人からは「大杉さん」と言われている(いた?)祠です。横には杉の木もあります。裏はラブホテルですが・・・この大杉さんから、「杉」の在所の名前が付いたとか。
「あんなとここんなトコ」その8、枚方市議会報 平成5年11月1日号、第166号
しかし、「大杉さん」も寂しげです。不動明王も怒ったはります。P1040630 P1040631







■ここから杉?(15:16)
穂谷川は尊延寺と杉の狭隘部を通り越して、少し広いところに出てきました。振り返り写真ですが、もしかしたら、後ろの峠に登る路が旧街道(田辺街道)かも分かりません。

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■渋滞の国道307号
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R307が穂谷川をわたる(15:21)その名も「杉橋」
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水はきれいだが、河原はキタナイ。橋の上からポイ捨てか?P1040650

■上渡場橋
府道71が国道307を横切ります。交通の要所となっていて、ひっきりなしに車が通ります。ここは相当うるさいです。
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■ここから始まる「山根の道」 (15:26)
 「山根の道」は枚方市が命名したというものです。この橋のたもと、道の際には道標を兼ねたお地蔵様がいらっしゃる。「右 や王(わ)た 左たのくち」とあるそうです。

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4.藤阪

 いつもは山根の道を歩いて津田に向かっていますが、今日は藤阪に向かいます。といっても途中までは山根の道。

■第2京阪をくぐる(15:30)
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■下渡場橋(15:32)
ここは橋を渡らずに右岸を行きます。橋を渡って左岸をいくのが山根の道。
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■大阪国際大学
枚方ってのは「国際」づいていますね。
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■穂谷川右岸の道
快適な遊歩道が続いていました。これはよい道だ。散歩の人が数人。

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巨木の道
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ムクノキかと思いますが、いっぺん見ただけでは分かりません。あちこちで見た気はしますが・・・
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振り返って・・・
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この道、直線でない、人工的でないところがよろしい。P1040708

■富津橋から上流を見る(15:50)P1040711

下流を見る
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穂谷川を渡る道は山根街道です。
藤阪の駅が見えてきました。

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穂谷川は里に降りてきて、若干汚されながらも、ゆったりと流れていました。
本日はここで終了とします。


(つづく)

 

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コメント

穂谷川、もう魚はいないほど荒んでいるのでしょうか?
12月あたりに、動けるようになりましたら、津田駅前の美容院になりました親戚跡とか、源氏の滝とか巡ろうと思っています。
子供の頃、警察学校の警察官の卵のお兄ちゃん達に遊んでもらってましたよ。顔パスでしたし、「また、あの子来た!」と思われていました。
それも、もう無いですね。御先祖のお墓が、その傍にありますが、なんといっても、「第ニ京阪」が憎いです。池も壊されて、祟られても仕方ない状況ですね。
それでは、また、紀行文、よろしくお願いします!

投稿: エセル | 2014年11月15日 (土) 12時46分

毎度ありがとうございます。牧野の河口まで歩きました。
穂谷川の水はキレイです。川面も遠く、季節がら魚は見ませんでしたが、いるのではないですか。土手はあまり手入れがなさそうで、一見荒れていますが、草木はしぶとく生きてるってことでしょう。擬人化していうなら、穂谷川も健気にしぶとく生きていて、穂谷より下流域は、寝屋川や天野川流域に対して個性を主張している感じを持ちました。結構気に入りました。

投稿: walkin | 2014年11月18日 (火) 22時17分

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