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2014年11月 6日 (木)

穂谷川をあるく(1) 穂谷川源流-穂谷

2014年10月28日


 ある人のリクエストという訳ではないんですが、穂谷川を水源から下ってみることにしました。穂谷川は、いつも好んで歩いている、今で言う京阪奈府境付近、山城・河内・大和の三国境付近を水源としているのです。 お気に入りの横峰越とからめて、穂谷川水源を探索し、穂谷、尊延寺、藤阪、牧野と歩いて淀川に下ってみようという趣向です。

 地図をみると、穂谷川の源流は、郡南街道(枚方郡山線)が交野山の南で越える峠から北に200mほど延びている小さな尾根の東斜面らしい。ゴルフ場で地形が変わっているかも知れませんが、穂谷川はそこから、ゴルフ場の南コースの際をかすめて、霊園を通り過ぎて流れ下ります。 尾根の先端の小ピークには送電鉄塔があって、そのすぐ北はゴルフ場になっています。そのエリアの雨水は白旗池の上流になっていて免除川-天野川と流れて行くようです。
 まずは送電鉄塔のあるピークに行ってみます。

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◆穂谷川上流、畜産団地付近

■地理院地図
Photo

■GoogleMap(新)
これは使えんなあ!?拡大切出しカスタマイズはどうするんやろ?


1.長いアプローチ・傍示越の道

 寺からかいがけ道を行くか、森から車道を行くか迷いましたが、近いというので車道経由で傍示越を目指します。この車道はいつごろできたのか分かりませんが、明治時代には、私市から傍示までの道を寝屋からの「二等補助里道南山根街道」に含めている(大阪府誌)そうなので、かなり昔から、河内から大和へのかいがけ道に代わる準幹線なのでしょう。

 いつもは下りに使うか、古墳を見る時に使うくらいで登りは実に久しぶりです。11:27水道タンク傍を通過

■新道?
6、7分登ったところに新しい道ができていました。ただしフェンスの向う。雷塚古墳を過ぎたあたり。土砂崩れがあったらしい場所なのでその修復道なのか、単なる伐採の道なのか?
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■南山弥生時代住居遺跡
この碑の右手を登って行くとありますが、「弥生式土器がたくさん出てきた場所」というだけです。こんな辺鄙なところに?ということですが、高地性集落跡ですね。
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 何故かというのがよく分かりませんが、「高地性集落」の一般論を調べてみると・・・・
その分布は、紀元前1世紀~紀元2世紀に瀬戸内と大阪湾岸に、紀元3世紀以降に近畿とその周辺部にほぼ限定されている。多くは平地や海を広く展望できる高い位置にあり西方からの進入に備えたものであり、焼け土を伴うことが多いことから、のろしの跡と推定され、軍事的性格の強い集落であったと推定されている。遺跡の発掘調査からは、高地性集落が一時的というより、かなり整備された定住型の集落であることが判っている。

 こんなところですが、その場所は標高200m、西面は結構な断崖、少し東へ行けばちょっとした平地もある・・・半軍事的な集落にはもってこいのロケーションです。
また、その遺跡に接近して、鍋塚古墳(跡)もあります。詳しくは→
http://inoues.net/osaka/katanosi_new_museum.html

■龍王山
ナラ枯れが相当酷いです。ここ数年で最も酷いと思う。
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■河内傍示
傍示越手前に到着。水道タンクから30分、快速で歩いてきたので休憩します。いつ見てもよい眺め。
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■石仏ニ題
峠には行かずに、ここから交野市野外活動センター経由で郡南街道の峠に行きます。
これも久しぶりの石仏。多分2年ぶりか?
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いつもお花を供えてもらって、無事でなにより。
野外活動センターでカレーパンで昼食としました。


2.穂谷川源流の山

■フェンス!
予想通りというか、フェンス。少し大和側に下ってみましたが・・・切れ目はあるものの、入口サインがない。ゴルフ場への道にかなり入って尾根の先まで行きましたが、登り口のサインはなし。関電の人はどうしているんやろ?仕方なしに、この護岸から入りました。
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■登った先は下刈りされていた
歩きやすいです。小ピークを2、3越えると鉄塔に到着します。
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■尾根先端部の鉄塔
下刈りがしてありません。ここが水源の山のピークになるはずです。P1040259

東側はなにも見えまへん!サッサと引き返します。
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■東の谷
東側は小さな谷が3つあります。この谷は2つ目だったと思う。一応、水源の谷です。
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■石積み遺構か?
最初に登ってきたあたりまでもどりました。ここで、炭焼きでもしていたような気がします。
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■赤ペンキを見失う
もう一番南の小ピークまできているはずです。周辺には赤ペンキのサインがありましたが、ルートまでは確認できませんでした(左写真)。南は小ピークが切れ落ちて、フェンスが遮っているし、後で考えると、国境尾根を少し東に下って、そこから道の方に(フェンスの切れ目)に降りるのかも知れません。東側の谷には小さな小屋の屋根が見えました。尾根は歩けそうでしたが(右写真)、それはやめて、フェンス切れ目を目指しました。
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■東側の水源の谷
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さっきのフェンスの切れ目から脱出、道路に出ました。

3.立ち入り禁止

■いたるところにロープ。フェンス
大和側に下って行きますが、ずっとフェンスがあって取りつくシマもない。何か入口があると思ったら、ボーイスカウトのキャンプ場でした。
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■ご丁寧にもロープ2連発
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ここで休憩。

■おまけにゴミもある
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■またフェンス
車道から離れて大和傍示に入って行きますが、この郡南街道、大荒れです。車道はこんなもんかな、とは思いますが、それにしても酷い。
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4.大和傍示

■いい感じの垣根だ
垣根の垣根の曲がり角・・・・
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歩いて行くと・・・
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立派な常夜燈
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 大和傍示の北側の集落に入ってくる三叉路にあります。大和傍示の南側はよく通りましたが、ここは初めてでした。
 昔は当番で灯明を灯しにきたのでしょう。子供のころはよく行きました。しかし今はお役御免・・・街路灯が目立ち過ぎですが、やむを得ないのでしょう。三叉路の右端に建てるという手もありそうですがね。
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■途端被せの農家
キレイです。ボクのイナカ家もこんなんですが、ウチのはちょっとペンキが剥がれてきている。
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■重連三叉路
ちょっと日影で写真が映えませんが、こういう道が気に入ってます。
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■この農道もすばらしい
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春先に来てみようかと思います。ウメの花が期待できる。
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■この谷は富雄川源流
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ここでまた昼食。今度は助六。

水はあくまでキレイだし、野の花(タデ)も可憐。
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■この旧道で国境の尾根を越えます
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国境を越えました。国境線は竹薮であまり歩き易くはなさそうでした。
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通り抜けた先、河内(枚方)ですが、また通せんぼ!
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■穂谷から登ってくる道の峠
峠名はあると思いますが、よく知りません。右が新道で大和傍示へ、左が旧道で高山狭戸で行きます。左の道は伊勢街道となっていました(生駒民俗会編の「生駒の古道」)。
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伊勢街道のほうに行ってみると、かいがけ道の延長で、山城の天王に至る天王道というのが横切りますが・・・・・なんと、ここも通せんぼでした。
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 左写真は傍示側、右写真は天王側ですが、右はちょっと気がひけたのか、後で「車は」と追記がありました。しかし消えそうでその時は気がつきませんでした。なんと、通せんぼの多いとこなや!大和傍示訪問記のサイトを見ていたら、土地の古老が「この道は天王に行く古い道や、しかし、今は通る人間は少ないな」と言っていた話が載っていましたが、「そら、少ななるわな」と言いたい気がします。



5.穂谷川を下る

 これから穂谷川を下ります。
 この道はずっと昔、ウン十年前、バイクでよく走った道です。その時は何を見るでなく「なんと寂しい道やな」というのが感想でした。どう変わっているか?なお、畜産団地から南は2009年冬に歩きました。

■穂谷川源流の谷
2009年12月6日の写真です。今日行ってきた源流の山から流れ下る谷ですが、ここも通せんぼでした。しかし地図をみていると、水流は谷の右手(北)を下ってきて、霊園の中を通って穂谷川になるようなので、後日行けるかどうか見て来ようかと思います。
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■興国グランドと、少し下ると京阪奈霊園
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■穂谷川は畜産団地下で道路右に移動します
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開発が行われたエリアの川はだいたい「水路」の風情ですね。川という感じがしない。トップの写真もこのすぐ下流付近です。まさに水路。

■これは異様な風景!
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もう1枚、トンネルが見えてきて、振り返ってみると・・・・・
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 なんとおぞましい。実はこの上の山腹の台地には日本の里100選に選ばれたという棚田、里山が広がっているのです。
 下の写真は穂谷の集落から北東側の尊延寺越方面をみたものです。人工の山。こちらの谷も早晩、こんなことになるのか!国土を掘り返すことで成長してきた(成長というのか?)姿をよく表わしています。しかし、一方では都市づくりや災害復旧には必要な産業であることは理解でき、その反作用が一ヶ所に集中してきている、その姿はなんとも異様です。米軍基地といっしょやな。
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■トンネルと旧道
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トンネルで使わなくなった旧道は個人に払い下げたりするのか?また通せんぼ!

■歩道がなくなりました!
場所は枚方野外活動センターに登るえびこ道分岐のすぐ下です。枚方野外活動センターへの道は前方の丘を越えて来ますが、なんでわざわざ尾根を越えるのかが分かりました。ま、バス停が尾根の向こうにあるからでもありますがね。
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■通せんぼはあいかわらず
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 執拗に排除を迫ってきます。これも異様だと思わざるを得ませんが、ここにくる人間も作物を取ったり、ロクなことをせんのやろなと。救いようのない社会になってきている。

■穂谷川はこんなの
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6.三之宮神社

 さて穂谷の集落まで下ってきました。ここまで、枚方霊園から約30分。穂谷のバス停でついついバスに乗ってしまい、今まで来れなかった三之宮神社にお参りします。

■エントランス
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■拝殿
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境内は美しく掃き清められています。歩くのがもったいないくらい。

■拝殿から本殿をみる
本殿の階段しかみえません。
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■本殿
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 静謐、清浄、清涼。今まで荒れた感じの穂谷川上流域を見てきたので、それとはうって変わって清らかさを感じます。こういう神社だったのか!もう少し早くくればよかった。荒れつつある(少なくともそう感じる)穂谷にあって、この神社一社が必死で荒れを食い止めている気がします。この神社がなかったら・・・

■神社裏にある磐座
 断面が三角形で屋根形の巨石が2体並べてありました。「屋形石」と呼ばれ、これがご神体です。そこから当社は「三之宮屋形大明神」とも呼ばれたらしい。
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玉垣の外には9体の石仏が安置されています。等間隔でなく思い思いの位置にあるのがいかにも自然な感じがします。
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■ご祭神や由緒について
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これ以外に、詳しい掲示はないですが、戸原さんのページを拾い読みすると、
http://www3.ocn.ne.jp/~tohara/hira-jinjya-6.html
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・ご祭神は、スサノヲ大神・ミケツ大神・オオクニヌシ大神・アマツカミ・住吉大神・仁徳天皇であるが、主祭神不明。ただ、枚方市史に「古く屋形石をご神体とし『三之宮屋形大明神』と呼ばれていたが、のち牛頭天王社を勧請し、云々」とあることからみて、主祭神は牛頭天王であろう。
・創建は仁徳天皇29年春、その後、孝謙天皇・天平勝宝2年(750)に「息筒大明神」の神号を拝受とある。また、津田史には「仁徳29年、神異により勧請、元明天皇・和銅3年(710)に社殿成建」とある。
・社務所の方の言では、「古く、穂谷の神奈備山にあった祠を麓の当地に遷した」との伝承があるというので、ここは里宮で、地元住民の産土神として崇拝をうけていた古社であろう。
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 息筒大明神の神号を拝受とあるのは、当社の東南方山を越えた天王の山中に神功皇后の祖父とされる加爾米雷王(カニメイカヅチ)を祀る朱智神社があり、皇后の出身氏族とされる息長氏の影響がこの辺りまであったのかも知れません。

 なお、拝殿左の巨木の下に、高さ1mほどの「立石」があって、水神や龍神とされていますが、見るのを忘れました。この神社には雨乞いの伝承もあり、その時には立石をそばに流れている穂谷川に放り投げたという(戸原さんのページ)・・・・誠に荒っぽい降雨祈願があったと言われています。
その穂谷川は崖下です。
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■代わりにといってはナンですが兜塚
拝殿の対面にありますが、これがまたさっぱり分からない。
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 通せんぼや残土置場などで、少々フラストレーションの残る穂谷川源流くだりでしたが、穂谷の三之宮神社の清澄さに救われた気がします。三之宮神社はこれからも穂谷のコアになる神社でしょう。

 第2回は穂谷川の東尾根中腹の台地にある棚田を中心に歩いてみます。

(つづく)

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2014/11/9:写真間違いを修正、誤字訂正

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