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2014年1月 3日 (金)

■河内 治水のみち8 長瀬川をあるく

2013年12月  7日

 以前、司馬遼太郎記念館に行った時、河内小阪からのルートを地図をみていて、みちが )曲線を描いているのに気がつきました。それもやや並行するように、))となっていました。その時は、それ以上詮索しなかった(そんなマインドがなかった)ですが、放出の剣堤と平野川繋がりで、長瀬川のことを調べていると、「長瀬川を訪ねて」というサイトを見つけました。
http://music.geocities.jp/mtaketoshijp/newpage8.htm

 それによると、そのものずばり「長瀬川の堤防」でした。その長瀬川堤防跡を探しながらあるいてみます。


より大きな地図で 劍堤 を表示


1.堤防の上の弥栄神社

■司馬遼太郎記念館
水とは関係はありませんが、今回は八戸ノ里から歩きはじめたので、寄ってみました。河内小阪からのほうが、よかったかも。

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■古い街かどの喫茶店
ここについては以前の記事で「Googlemapのストリートビューで確認しようとしていますが、この家が見つからない。どうも再開発があったようで、道の拡幅、家の建かえ等があったようです。いい感じの喫茶店だったのに。」と書きましたが、こちらの見落としというか、全然違うところをみていたようです。健在でした。
http://dokodemo-sanpo.cocolog-nifty.com/walkin/sibaryoutaro.html

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■小坂神社
小坂神社についても、上記の記事他で紹介しました。祭神は水分の神を勧請してきて、小守勝手明神と称したこと。「小守」は、ミクマリがミコモリとなり、コモリ(篭り)となり、小守という名がついたこと。その後、「小坂こもり宮」として安産、子授けの神として崇敬されていました。「勝手明神」は吉野の勝手明神から付けたもののようです。
元々は「ミクマリ」の神様。

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■中小坂弥栄神社街道筋
司馬遼太郎記念館の横には小阪街道が八尾まで通じており、北は枝切街道となって茨木まで通じています。

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以前来た時も、この街道をちょっとのぞいてみて、その時は単なる神社の高みだと思っていましたが、これは堤防の痕跡だというのです。

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ここは神社の裏参道(北参道)ですが、確かに1m程高くなっています。これが堤防跡だと言います。これは、神社の正面の鳥居のところに解説板が設置してありました。はっきり「堤の跡」と書いてありました。

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「長瀬川を訪ねて」のサイトにあった地図から、旧長瀬川の堤防を推定して、Googlemapに書き加えました。

http://music.geocities.jp/mtaketoshijp/newpage8.htm
この付近では、河道がかなり広がって、しかも湾曲していたことが推定されます。土砂の堆積した、河川敷が広がっていて、大水の時だけ、河が広がって流れたのでしょう。

■根上がりの樹
 さらに、掲示板には、境内には「根上がりの木」といって、昔堤防上に生えていた樹の根本が土取りをされて、根がむき出しになってしまった樹が残っていると、あります。

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確かに太い根が浮いたようになっています。
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これはニセアカシアですね。
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■「やさか」でなく「いやさか」神社

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弥栄神社は、創建年代は不明ですが、祭神は須佐之男命です。普通に考えれば、「八坂」ですが、なんで「いやさか」なのかはよく分かりません。

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伝えによれば、天正の頃、石山合戦により村落とともに消失したとか。ここは落語の会「中小坂寄席」があるんだそうです。その他、手作り市などのイベントも開催されているとか。

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2.弥刀は水戸か水門か

 小阪街道をどんどん南下します。弥刀神社を目指しているのです。

■二重街道
 宝持の府道24号を渡ったところで、街道がカーブしながら、二重になっているところがありました。

入口(北側)
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出口(南側)。この間、約100mありました。堤防がこの幅で作られていたんでしょうか?

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最後はお地蔵さまで止め。

■上小坂、宝持、小若江界隈
この周辺は、細いみちが縦横無尽に走っています。それがきれいに整備してあるので気持がよい。家は小ぶりですが、静かで落ち着いたたたずまいです。

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小若江は近畿大学の本拠のあるところですが、学生街らしいのは近大から長瀬駅の長いアプローチくらいで、少し路地にはいると、上のような静かな街が広がっています。近大の学生もたくさん下宿しているやろなと・・・

■近大の近くにあった蔵。白壁に板張り。

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■弥刀神社
近鉄の踏切が現れ、その前に鳥居が建っていました。実は長瀬神社と弥刀神社の位置を間違えていて、いきなり弥刀神社だったので、ビックリ。

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参道は近所の人の通路にもなっている気配

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弥刀神社の「弥刀」(彌刀)は「水戸」あるいは「水門」らしい。ここは「近江堂」という地名ですが、弥刀→水戸(ミナト)→大水戸(オオミナト・オオミト)→近江堂(オウミドウ)と転じたものという説明がありました。参道の横は近江堂公園。まさしく、旧大和川沿岸ならではの名前です。
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いただいた「弥刀神社概説」によれば、--------------------------------------------------------------------------

弥刀神社の創建は不祥ですが「続日本記」という歴史書によれば、天平宝字(ほうじ)六年(西暦七六二年)に旧大和川(現長瀬川)長瀬堤の決壊による激流で、社殿がことごとく流失したという記録があります。
 当時は川幅が200m以上もあった旧大和川の洪水が度々あり、その水戸(みなと)の守り神として当神社があったようです。
 平安時代の延長五年(西暦九七二年)に完成された延喜式神名帳には、河内国若江郡二十二座の中に記載されている式内社で、官幣小社でした。

 本社社殿には、伊邪那岐、伊邪那美の二神が河口の神すなわち水戸の神として生み給うた速秋津日子神と速秋津比売神を主祭神としてお祀りしています。
 摂社八坂神社には災害や厄除けの神、須佐之男命(牛頭天王)を、末社常世神社には医療や禁厭(まじない)の神、大己貴命(大国主命)をお祀りしています。
 摂社八坂神社の社殿は江戸時代中期の建築様式の特徴を残し、昭和四十三年(一九九八年)には東大阪市の有形文化財に指定されました。
 本社社殿は明治五年の御造営でしたが、多数氏子の寄進により社務所・石張の参道とともに平成三年三月に御造替が完成しました。
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由緒をさらにWEBで調べてみると、

 「古い時代、この辺りで一番高い台地の上に、そう大きくない社が齋き祀られていたと思われる。・・・・神社から西に延びる参道が旧大和川(長瀬川)の東堤(右岸堤)まで達し、そこに船着場があり、水戸(ミナト)であった。弥刀神社の祭神がミナト神であることと符合するのでなかろうか」
 「神代の昔、この地が河海の水戸であったため、高天原より天の浮橋により天降られた神々が、大阪湾の入江であった河内潟から当地水戸に着き、水戸の神の許しを得て大和川筋をさかのぼり、大和へ入られた」
という(由緒略記)

かなり具体的な記述です。しかし、長瀬堤の決壊による激流で、社殿がことごとく流失、というので資料はありませんが・・・
もっと詳しくは、
http://www3.ocn.ne.jp/~tohara/naka-mito.html
http://www.geocities.jp/engishiki01/kawachi/html/041011-01.html

本殿
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八坂神社
こちらの牛頭天王が本来の祭神かも知れません。
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扉のすき間からレンズを突っ込んで八坂神社を写しています。
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こちらは末社の常世神社
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明るくて清楚な神社です。平成三年三月に御造替が完成ということなので、その時に樹木も少し整理されたのかも知れません。鎮守の森は神社の典型的な風景で、その自然も確かによいのですが、暗くなるのが玉にきず。こういう明るい神社も捨てがたいと思う。

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柊の巨木だったのでしょうか?それとも別の樹を台座に植えたとか・・・

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■長瀬川をさかのぼる
長瀬川沿いに弥刀駅に至ります。
長瀬川は金岡公園を突っ切って流れています。金岡は堺にもありました。そちらは巨勢金岡が住んでいたとされるので、その名がついたようですが、こちらの金岡はどうなのか?大和川埋立後「金岡新田」ができたというのはありますが、なぜ金岡かというのは不明です。
http://maido-higashiosaka.com/2/chimei2/article/%E9%87%91%E5%B2%A1

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■弥刀のかなちゃん
弥刀についたので、商店街をぶらついてみます。
休業日なのか、それともシャッター通り化が進んでいるのか?更地になっているところがあるのを見ると・・・・ちょっと苦しいようです。

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こちらの喫茶店に入ってみるべきだったか。別の駅前の喫茶店に入りましたが・・・

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商店街は「かなちゃん通り」、その入口前にある橋は金岡橋でした。「かなちゃん」は市民に親しまれているようです。

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 確認するのを忘れましたが、近鉄弥刀駅は旧長瀬川右岸堤防上に作られ、電車は堤防上を走っているとのこと。また、長瀬駅は長瀬川の旧川原に位置するため、プラットホ-ムは道路より低く、旧自然堤防跡の道路からは電車を見下ろす形になるとのこと。また、堤防を実感するには墓地へいってみるとよいらしい。
http://music.geocities.jp/mtaketoshijp/newpage8.htm

これは、再度、通しであるいてみなければ・・・・

(いったん終り)


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